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Long time no see

  • 執筆者の写真: チップ
    チップ
  • 2021年8月30日
  • 読了時間: 3分

結局、生涯英語をモノにすることは叶わなそうだ。


改めて計算すると、外資に通算23年勤務した。

「外資系に20年以上勤務したファンドマネージャー」と書けば、英語が出来る出来ないのレベルではないのが普通だろう。高度な金融専門用語を使いこなす一方で、アメリカンジョークを飛ばし同僚外国人と談笑する。そんなイメージを思い浮かべるし、それを目指してきた。


しかし無理だった。


英語のミーティングでは基本うつむき、要所要所でうなずきや作り笑いを浮かべ、会話の流れに乗っている演技力だけは向上。

元々英語は好きな科目で、今でも決して嫌いではない。共通一次では198点を取った(2年目)。予備校の名門、駿台の高橋先生の流暢な音読に感銘し、「大きな声を出して読む」練習を重ねて発音自体もそう悪くないはずだ。

しかし、海外自体には興味がなかったため「必要に迫られる」という決定的な要素が欠けていた。受験が終わればあれよあれよで英語力は落ち、社会人になって最初のTOEICは400点スレスレ。安田信託では「英語力の低い社員を底上げせよ」プロジェクトの対象とされ、業務後に「初めての英会話」的なクラスを受けさせられたりもした。


外資に転職してからもさほどの危機感はなかったが、2002年にドイチェとスカダーが合併した直後、グローバルアナリストチームなるものに組み込まれた時がヤバかった。


「すべての国のアナリストがロンドンに集まってミーティングするよ!セクター毎に深い議論しちゃうよ!」という有り難くない号令が下った。


もう嫌で嫌で仕方がなかった。元来の人見知り×出来ない英語=化学反応で陽気なペラペラ日本人、になるはずもない。行きのフライトは何故かファーストクラスだったが楽しむ気分は皆無。期間中のことはほとんど覚えていない。魂が離脱していたのだろう。

さすがにこの時期はちょびっと勉強し、TOEICで言えば800点くらいになっていたのだが、さりとて実生活では最低限のビジネス英語レベルにも届いた実感はなかった。


それでも外資勤続が続いたのは恵まれた環境のたまものである。ラザードでは流暢な日本語を駆使する優しい同僚に「会話は日本語でいいデスヨ。いやむしろ日本語でやりたいデス!」と言われて英語必要性は急低下。対顧客上たまに英語でやりとりする機会があっても、彼らは私がわかりやすいように話し、私が話すことを極上の推察力を以て理解しようとする。こちらとしては何となく「あれ、俺の英語結構イケるんじゃね?」という錯覚に陥るが、休暇で訪れるアメリカのスタバで、レジお姉ちゃんの言葉が全く聞き取れない自分に慄然とするのであった。


さすがにここから英語力を上げようとは思わないが、最近では大谷の活躍を現地実況で楽しめるようになりたい、という野望も心の片隅に芽生え始めてはいる。

 
 
 

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